あの頃の甘酸っぱい思い出をもう一度
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二章:湖城の秘密 その3

 宿の受付で空き部屋の確認をすると、なんと最後の一部屋。慌てて予約を取り、その場で大きな荷物を預けると一旦宿を後にします。
 目指すは勿論、行政区画の絵師協会です。
 焼き鳥をあげて以降随分と大人しくなったぴよぷーを引き連れ、行政区画へ足を踏み入れると、それまでは目に鮮やかだった赤レンガの景色から一転、地味な茶色い建物ばかりが建ち並んでいます。
 そして行政区画の更に北には、何者をも寄せ付けない、真っ白な王城がそびえていました。
 行政区画に阻まれここからでは全容を眺めることはできませんが、相当に大きくて高い建物だということはわかります。
「あそこにサロニア様が……」
 昔々、おじいさんがこくばん魔法を武器に世界をまたにかけて冒険していた頃。
 とある事情で、当時まだ王女であったサロニア様との間にちょっとした出来事があり、現在まで続く友人関係を築くに至ったらしいのです。
 今回、絵師協会で絵師の免許を無事取得した後、おじいさんの紹介状を元に謁見を申し込むつもりではありますが……。
「会ってもらえるのかな……」
 なんだか王城の威圧感に気圧されて不安になってきました。
「ぴぃ」
 ぴよぷーに急かされ、本来の目的を思い出します。
 とにもかくにも、絵師の免許を入手しなければ、まともにこくばん魔法を使用することもできません。
 フェルブノイを含む大半の国では、免許のない者は監督者、アリーチェの場合だとおじいさんの監視下でないと、他に影響を与える魔法は使ってはいけないことになっています。
 絵師に免許を与え、正しい価値観の元で使用させ、違反者に罰を与える――それが絵師協会の役割です。
「で、絵師協会ってどこだったっけ、地図地図」
 アリーチェはぴよぷーの鞄から、夫妻に描いてもらった地図を取り出し確認します。
 地図には小さな文字で大通りより東側、とだけ書かれています。
「確か、特例でレンガの色指定がなくってカラフルだとかなんとか……。
 ぴよぷー、覚えてない?一度ぐらいは来たことあるんでしょ?」
 おじいさんは、アリーチェを引き取るより前は時折王都に来ていたと言っていました。となると元々はおじいさんの使い魔であったぴよぷーも一緒に王都へ来たことがあるはずです。
「ぷー」
 アリーチェの問いかけに芳しい答えは返ってきません。
 最後に来たのは少なくとも十数年も前の話ですから、町並みも随分と変わってしまっているでしょう。ぴよぷーが覚えていなくても仕方はありません。
「うーん、仕方ない。歩いて探すか」
 アリーチェは大通りを逸れ、適当な脇道に入ります。
 役所や大使館、そこに勤める人達のための寮など、沢山の建物がひしめく中をきょろきょろと忙しなく見渡しながら歩いていき、いくつかの交差点で右を向いた時”それ”が目に入りました。
「う……わぁ……」
 なんともいえない建物の外見に、思わずアリーチェは絶句してしまいます。
 レンガといえば普通はくすんだ暗い色を想像しますが、何故かこの建物のレンガは原色に近いまぶしい色をしています。
 そしてその形も問題でした。
 周りの建物が正方形だったり長方形だったり、いわゆる四角なのに対し、この建物はぐるぐると天に向かって渦を巻き、天辺に近づくにつれだんだんと細くなっていく、いわゆる巻き貝のような形になっています。
 地味なレンガ街の只中に突如現れた、異彩を放つカラフルで巨大な巻き貝風の建物。あからさまに周囲から浮いています。
「……これ……よね?」
 恐る恐る表に掛けられていた表札に近寄り、その文字を読み上げます。
「フェルブノイ絵師協会本部……」
 二度三度と読み直しましたが、絵師協会の建物ということで間違いなさそうです。
「入るのやだなぁ」
 入ったが最後、二度と出てこれなさそうな悪趣味な建物を前に、アリーチェの顔に不安がよぎります。
 おじいさんを超えるこくばん使いを目指すべく、強い意志を持って森を出てきたはずが、この調子では志半ばで折れてしまいそうです。
「ぴいぃ」
 か細い鳴き声に振り返ると、ぴよぷーが目を見開いてぶるぶると震えています。
 協会の建物があまりにもカラフルすぎて鳥目に悪影響を及ぼしてしまったのでしょうか。
「あわわっ」
 泡を吹いて落ちそうになったところを両手でしっかと受け止めると、ぴよぷーは瞼を閉じたまま微動だにしなくなりました。
「ぴよぷー……!」
 がくがくと揺さぶりますが、反応はありません。どうやら気絶してしまったようです。
「ど、どうしよう」
 一度宿に戻って明日改めて来るべきか、それともこのまま中に入るべきか。
 ずっしりと重いぴよぷーを抱いて宿まで帰るとなるとそこそこ重労働ですし、かといって一人でこの建物の中へ入る勇気がアリーチェにあるかどうかは……言わずもがな。
 表札の前でうーんうーんと唸っていると、唐突に玄関扉が開きました。
 お互いぎょっとした表情で目が合ってしまいます。
「えーと、お客さん?」
 声をかけてきたのは、箒と塵取りを持った二十代後半ぐらいの女性でした。
 そばかすの浮いた愛嬌のある顔立ちに眼鏡をかけた女性は、スーツを着ているところからすると、外を掃きに来た受付の人でしょうか。胸に可愛らしい文字でエレンと書かれた名札を付けています。
「あ、はっはい!えーとその、今朝汽車に乗って、黒の森からおじいさんの紹介でっ」
 驚きと動揺で支離滅裂な説明になってしまい、同時にそれを理解し頬を赤く染めます。
「す、すみません、緊張して」
 赤くなったアリーチェを見て、エレンがふっと頬を緩めます。
「つまり登録希望者ね?」
 女性は、支離滅裂なアリーチェの説明でだいたいの事情が飲み込めた様子です。
「はい……」
「じゃあ中へ入って。手続きするわ」
 先に中へ入ったエレンに促され、アリーチェは絵師協会の扉をくぐりました。
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